西暦2053年の道路事情

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 あの道はどこにつながっていくのだろう。かつて中目雪菜はそう思っていた。バスの窓から、電車の車窓から流れていく景色の中に、どこかに続いていく細い路地がある。その果てはどこにいくのだろうと思っていた。
 それから10年、道というのは探すものになった。10歳下の弟のマイブームは道探しだそうだ。かつてあったはずの道の跡を探していくというものらしい。
「道ならあるじゃない、カートが走るやつ」
「そういう大きいのじゃない、昔、車が走ってたやつだよ」

 弟はそういってぷうっと頬を膨らませた。
「はいはい学校だから支度しなさい」
 母親がそういう。雪菜は方をすくめて音声アシスタントに話しかけた。「出かけるー。カートよこして、一人分」
 音声アシスタントが答えた。
「今から最速で12分50秒後にカートが参ります。次は16分26秒後となります」
「最速で予約」
「かしこまりました。12分10秒後にカートが到着します。お忘れものはありませんでしょうか。本日の天候は最高気温十三度、湿度五十%、降水確率0%。マフラーをおすすめいたします」
「マフラーどこだっけ?」
「本日のコーディネートは制服ですね。学校指定のマフラーは雪菜さまのクローゼットの中、三段目の右から五番目にあります。お気に入り度一位のマフラーはベッドサイドにあります」
 母親が口紅を塗りながら言った。
「学校指定のじゃないとだめよ雪菜。保護者権限で命令、学校指定のマフラーでなければカートを通過させること」
「了解いたしました、お母様」
「マフラーくらい違くてもばれないよ」
「だめよ。ジオタグついてんだから。校門通った瞬間に警報鳴り響くわよ」
「あーもうめんどくさい。服くらい自由にさせろっての。タグ切り取ってやろうかな」
「お姉ちゃんそんなことしたら服探せなくなるじゃん」
 弟がにやにや笑う。「いっつも部屋散らかして、あれどこだっけー、とか、どこおいたか探してー、って叫んでるじゃん」
「うっさいな!」
 雪菜は弟に怒鳴ると階段を登った。クローゼットを開けて指定のマフラーを取り出す。ベッドサイドにあったチェックのマフラーを首にかけて、姿見の前に立った。姿見にも家具用AIが入っているから警告が発せられた。
「学校指定のマフラーを着用して下さい。カート到着まで6分32秒です」
「うっさいなもう!」
 お気に入りのマフラーを叩きつけて指定のマフラーを巻きつける。ジオタグをとってやりたいが、小学校の頃と違って今は織り込まれた特殊繊維がジオタグになっているのでどこにあるのか全くわからない。いらただしげに階段を駆け下りる。
 ドアを開ける。
「カート到着まで残り3分25秒です。学校指定のマフラーを着用しています。いってらっしゃいませ」
 ほんとうるさい。雪菜は毒づいて外に出た。マンションの廊下で待っていると、一人乗りカートが音もなく到着した。
 カートは人間の移動用に使う小さな自動運転車である。大きさは縦が2メートル程度、流線的なデザインでドアは外開きだ。中には椅子が一つある。座るとドアが閉じた。窓はない。
「おはようございます中目雪菜さん。新関東第三高校まで移動ステーション6098番がお送りいたします」
 持っている端末から移動用の設定を転送した。窓は無し、音楽はカフェの喧騒。机は有り。机がせり出してきたので端末を置いて宿題の続きを始めた。タッチペンで端末の画面に答えを書き込んでいく。
「西町第五ステーションに到着いたしました。これより当カートは横浜第65ステーション行き第68番ワゴンの到着を待ちます。到着まで2分36秒」
「外の景色見せて」
 内部の壁は投影スクリーンである。外の景色が浮かび上がった。カートが20個ほど整然と並んでいる。雪菜は最後だった。他のカートの中はあたりまえだが見えない。きっと雪菜のように勉強するか、寝るかしてるのだろう。
「外の音も聞かせて」
「わかりました。第68番ワゴン到着です」
 ワゴンはオレンジ色のカートよりさらに大きい自動運転車である。かつては歩いて人間が乗り込んでいたバスだったが、カート積み込み型に変わった。そうしたほうが後方部に貨物を詰めるから効率的なのだそうである。一つひとつカートが積み込まれ、動かないように固定される。ごとん、ごとん、ごとん。その単調な音が雪菜はすきだった。
 かつて雪菜が弟くらいだったころ、ここはバス停だった。母親に手を引かれて乗り込んだ覚えがかろうじてのこっている。雪菜のカートの番が来て積み込まれた。
「おはようございます、第68番ワゴン搭載AIセクサギンタ・オクトです。これより皆様を目的地までご案内いたします。交通法第456条により、ドアの開閉、起立、歩行など禁止されている行為はお慎み下さい。それでは出発いたします。皆様に良い一日でありますように」
 この音声は毎日聞くから正直切ってしまいたいのだが、法律上そうも行かない。雪菜は終わるやいなや音声も映像も切って宿題に没頭した。今日は差されるのでやっておかないとまずいのだ。
 こうして宿題が出来るだけでもありがたいと母はいう。昔は電車だったから、座って勉強はおろか化粧もできなかった。さすがに雪菜はやらないが友人は着替えもカート内でするそうだ。昔なら一発で痴漢される。
 痴漢とはなにかよくわからないが、密集したところで女性の身体を触る変態行為なのだそうだ。昔の写真データを見て、これだけ詰め込まれてたらそういう犯罪も起きそうだと雪菜は思った。そして座ったまま通学できる自分のありがたみを噛みしめる。
 高校近くのステーションについてワゴンからカートが降ろされる。そのまま高校の門前までカートは進む。
「午前8時15分22秒、新関東第三高校に到着しました。いってらっしゃい、雪菜さん」
「ありがと」
「嬉しいです」
 雪菜はマフラーを巻き直して外に出た。確かに寒い。役目を終わらせたカートが静かに走り去っていく。そういうカートがいくつもいくつも道を行き交っていた。人が乗っているのは緑、貨物を積んでいるのは赤、そうでないのは灰色だ。校門を過ぎて、芝生の道を歩く。最後に彼女は振り向いた。
 アスファルトの道を歩いたのがいつか思い出せない。カートが行く道はか細く、彼らが決して道を違えず幅も取らないことを示している。
 かつて子供の頃、路地がどこにつながっていくのか雪菜は知りたかった。けれど今、カートが走る道の先を知りたいとは、どうして思えなかった。

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このブログ記事について

このページは、saharaが2018年8月31日 23:54に書いたブログ記事です。

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